進歩。

秋も深まり、みなさん読書、スポーツ、食欲とそれぞれの秋を愉しまれているのではないでしょうか?
新作やクリスマスの計画も進めながら、ヴァレンタインやその他のコラボや企画など息つく暇もありませんが、
先日久しぶりにお会いした年配の女性のお客様との会話の中で、ハッとしたものです。
足のお悪いその方は、ほとんどの場合、お車でご来店されていたのですが、その時は
「涼しくなってきたし、誰も連れてってくれないから自分で歩いてきたわ。どうしても食べたくなるのよね、ここのお菓子。」と笑って言われました。
最近、世の中は不景気だし、わけのわからない事件や考え方がはびこる時代に、心底ありがたいことだなと思いましたし、こういったシーンが嬉しくて僕は店をやっているのかなと。
別の年配の方もおっしゃっていました。
「生きとるうちに少しでも食べとくよ、あの世には持って行けんからね」
僕もあれやこれやと悩んで試行錯誤を繰り返し、仕事やお酒に逃げたり、周りの人に支えられて生きてますが、ついつい感謝やありがたみを忘れることも少なくありません。
特に素晴らしい人間を目指しているわけではありませんが、いつか全てを受け入れる度量を持ちたいと願っています。人のはかなさや愚かさを理解し、あるがままを自然にこなせる人間になりたいものです。
まだまだ全然ですが・・・
そんな僕に毎回良いお話しやためになる言葉を送ってくださる方がいて、たまに(良いお話し、ためになるお話しばかりなのですが、僕にとっては難しかったり、まだその境地に至って無いことも多く・・・)なるほどと思わせて頂ける言葉があります。今回のお話しにあってるかなということで、ひとつ抜粋しました。
誤解のないように申し上げときますが、僕は無宗教ですし、陽が昇ればお天道様に感謝して、月が出ればその趣に感謝してというような超自然派ですので。
『 本来空寂( ほんらいくうじゃく ) 』
【 命さえも 自分のものではないと 気づいたとき 】
…〔 禅源諸詮集都序( ぜんげんしょせんしゅうとじょ )〕
人は 生まれてくる。人は 死んでいく。
この二つの大切なときに,
地位や名誉や財産を背負って大騒ぎする人は いない。
みんな,みんな,一人残らず,無一文,
まっ裸のまま,生死の大事を のり越えていく。
生命にしても,自分で つかまえようとしても,
つかまえられた人は 一人もいない。
「 都( す )べて 所有無く,
本来空寂にして,今始めて 無なるには 非ず 」
〔 禅源諸詮集都序 〕
人は,無常そのものの中に 生死する。
これこそ 自分のものだといくら主張しても,
一番大切な,自分の生命が,自分のものではないのだから,
本来 空寂であることがわかる。
人生は,本来 空寂なのだと気づき 徹底できると,
新しい光が 人生に さし込んでくる。
わたしも 仕事柄,世の中の俗に言うところの大物,
巨星,と言われた方々の 死を見てきた。
しかし,誰一人として,生前の地位や権力,
財産を 自分の棺のなかにいれていった人はいない。
ある火葬場には,
「 金の力は ここまで 」 と書いてあるそうだ。
人間,死ぬ時は 一人,そして 身一つで 旅立つだけである。
・・・ちょっと秋っぽい深めのお話でした。
画像は二人用クリスマスケーキ、「Love Affair」

進歩。” への2件のコメント

  1. 命さえも 自分のものではないと 気づいたとき ・・・
    人って生かされてるんですよね。
    深い。
    小田さんがお坊さんに見えてきた。
    そんなところも素敵です。
    ちょっぴりご無沙汰してます。
    いまごろ22日のブログにコメントしてすみません。

  2. こちらこそプチご無沙汰です(笑)
    ですよねー
    普段の僕はそんなことばかり思って暮らしているわけではありませんが、たまにそんな事を思うしっかり年頃の中年になってます。
    でも懺悔のない人生を送れてる人はそうそういないと思うので、最終的には皆坊さんの境地に近づいていくような気がします・・・
    できればファンキーな坊さんになりたいです!!

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